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ジョンロブ(JOHN LOBB)デザイナー 天才・才女 パウラ・ジェルバーゼとは? | GXOMENS Blog|大人のいい男を目指すメンズファッションマガジン
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ジョンロブ(JOHN LOBB)デザイナー 天才・才女 パウラ・ジェルバーゼとは?

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via vogue.com

ジョンロブJOHN LOBB)のデザイナーについて、皆さんご存知でしょうか?革靴ブランドとしての、ジョンロブは既に周知のとおり革靴ブランドのなかでもトップブランドをひた走るローファーブーツなど数々の名作レザーシューズを排出しているブランドです。

そんな、ジョンロブJOHN LOBB)のデザイナーはこちらの写真のアン・ハサウェイとエマ・ワトソンを足して2で割ったような素敵な女性です。ただ他の写真を見ると、別人かと思ったのはここだけのお話しです。

プライベートでは、ロッククライミングを愛し。ハードなレザージャケットライダースジャケット愛用するなど、川久保玲氏や阿部千登勢氏にも引けを取らない自分のポリシーをもった女性です。

パウラ・ジェルバーゼ プロフィール

名前パウラ・ジェルバーゼ(Paula Gerbase)
生年月日1982年12月5日
出身ブラジル生まれ
*幼少期より、親の仕事の関係で各地に住む。 成人してからはイギリスに在住。
 
ボルチモア
スイス
ニューヨーク
経歴ロンドン芸術大学 セントラル・セント・マーチンズCSM BAウィメンズウェア

サヴィル・ロウ(Savile Row)
HARDY AMIES(ハーディ・エイミス)
キルガー(Kilgour)
Woolrich John Rich & Bros. Black Label(ウールリッチ)
ユナイテッドアローズ( United Arrows )とのパートナーシップ
ブランドジョンロブJOHN LOBB
プレタポルテレーベル・ブランド 『1205』
ウェブサイトhttp://www.1205.eu/
https://gerbase.com/
Instagram https://www.instagram.com/paulagerbase/
愛用シューズジョンロブ アルダーブーツ
お気に入りの美術館/ギャラリー ブルーデル美術館
お気に入りのTシャツ東京で買うメンズ ユニクログレーマールコットンTシャツ
お気に入りのキャンドル フレグランスブランドMAD et LENマドエレン)」
※ 特にテレノワールの香り
好きな香り スモーキー、スパイシー、ヘッディー、マスキュリンの香り
感銘を受けた食事は? パリにある日本食レストランのシュウ
restaurant-shu.com/

1982年12月5日:ブラジルで生まれる。

パウラ・ジェルバーゼ氏は、イタリア人の父親とドイツ人の母親のもとでブラジルに生まれ。幼いころから、非常に学習欲が高い子供だったことが沢山のインタビューから読み取れます。 また4歳から18歳まで、バレエに熱中しその後のファッションに対してのインスピレーションであったり感性といった点で影響を受けたことは間違いないでしょう。

6歳:ブラジルからボルチモアに引っ越す。

この引っ越し、移住の際に彼女はファッション・衣に対しての大きなターニングポイントを迎えます。そして、この時の出会いや気付きが衣の力と可能性に対する当時の彼女が持っていた先入観が壊されファッションに対する高い興味と関心を持つきっかけとなります。

当時について、インタビューでこのように語っています。

「そこには大きなアーミッシュのコミュニティがありました。洋については、見た目が独特だったので、おそらくこの時に初めて考えました。そして、仕立ての職人が本質的に非常に長い間住んでいたロンドンの通りがあることを学び始めました。」

via 1843magazine.com

10歳:仕立て職人とサヴィル・ロウに興味を持つ

当時の彼女はまだ弱冠10歳でしたが。既にこのとき、彼女のあたまの中ではファッションについての興味と学習欲が留まるところを知らずサヴィル・ロウについての情報に夢中になり読み、調べたそうです。これがきっかけとなりその後の進学や就職の進路を決定づけます。とはいえ、10歳でこれだけ明確に自分自身の進む道を決め尚且つそれを1つ1つ実行、実現するというのは彼女が32歳でジョンロブJOHN LOBB)に招かれた理由が納得できます。

17歳:ロンドンのセントラルセントマーチンでファッションを学ぶことを決意

6歳でブラジルからボルチモアに移住し、新しい文化とファッションに触れ当時の幼い彼女にとっては何もかもが衝撃的で強く彼女の感性を揺れ動かしたのでしょう。10歳には、既に仕立て、職人、サヴィル・ロウについてリサーチを開始しています。つまり、実際のキャリアは無いにしても約7年もの歳月をかけて情熱を失わなかったわけです。

セントラル・セント・マーチンズCSM BAウィメンズウェアで学ぶ

名門ロンドン芸術大学のカレッジの1つである、セントラル・セント・マーチンズ (Central Saint Martins)  といえば、ビジネスも教える美大として有名歴史と由緒ある美大でありながら常に進化・変化しています。2017年には、美術大学として世界初となるMBA(経営学修士)コースを開設しているのです。セントマーチンズからは、数多くの著名人、有名デザイナーが輩出されているのも納得です。ちなみに学費もなかなかのお値段のようです。

サヴィル・ロウ(Savile Row)で働く

当時、セントマーチンズ ウィメンズウェアを専攻した後 。10歳のころからの夢でもあった、サヴィル・ロウで働くことを決めました。当時についてインタビューでこのように語っています。

「それは最もクールでないものだったかもしれません。誰もが、アレクサンダー・マックイーン、またはジョン・ガリアーノで働きたいと思っていました。しかし、私がしたかったのは、ゼロから学ぶことができ教えてくれると言うところに行くことだけでした。」

via 1843magazine.com

パウラ・ジェルバーゼの圧倒的な強みは、このセントマーチンズ時代の下積みであるサヴィル・ロウ(Savile Row)の イギリスで最後に残ったクチュールハウスであるHARDY AMIES(ハーディ・エイミス)とキルガー(Kilgour)で伝統的なテーラード技術を約5年ほど学び習得したという基礎が完璧にできていることにあります。

当時経験し学習した技術について、インタビューでこのように語っています。

彼女は、ミシンよりも鉄の重要性を発見したことを主な教訓としています。ジャケットを縫いながら押すと、完全に正確に衣を形作ることができます。「アイロンをかけて、蒸気で彫る」。この知識を身につけたら、何でも自由に作れると彼女は言います。

via 1843magazine.com

またイギリス出身のデザイナー、アリステア・カー(ALISTAIR CARR)やガレス ピュー(Gareth Pugh)、Kilgour Carlo Brandelliのクリエイティブディレクターなど。当時の最先端の技術をもつ熟練の職人たちとともに制前線で仕事をし、 キルガー(Kilgour) では最終的にヘッドデザイナーにまでなりました。

このような経験こそが、彼女がエルメスグループのなかでもトップブランドとして君臨するジョンロブJOHN LOBB)のなかで年齢という垣根を飛び越え採用されたということが納得ができます。

2010年 プレタポルテレーベル・ブランド 『1205』 設立

正確には2009年ですが。当時の彼氏であった、Kim Fredrik Weinholdt氏と自身の誕生日である12月5日を冠したプレタポルテレーベル・ブランド『1205』をロンドンで設立。当時のファッション業界では、ココシャネルの再来とシャネル創業者の作るデザインを彷彿させるなどと揶揄され非常に高い評価を受け多くの顧客を獲得していた。

彼女が1205を立ち上げたのは、女性の衣の質の低さに不満を感じていたためです。 そして、最初のスタートは10着の仕立てから始めたのですが。これらの顧客はなんと日本向けに作られたものだったのです。

2014年7月1日 ジョンロブ(JOHN LOBB)のアーティスティックディレクターに就任

パウラ氏のアーティスティックディレクター就任は、彼女の経歴やバックボーンを知らない人からすればそれはそれは驚きでしょう。しかし、彼女の情熱と習得した技術などを見てみればそれは当然だったのかもしれません。実際に、エルメスの現場でトップを仕切る 「エルメス・インターナショナル」のアーティスティック・ディレクター、ピエール・アレクシィ・デュマ(PierreAlexis Dumas)氏 はこのように彼女を評価しています。

「ポーラは細部への並外れた目と新の断固たる感覚を持っています。彼女は誠実に創造する精神を体現しています。職人技を尊重しながら、常に伝統に挑戦する準備ができています。」

via ft.com

2015年:ジョンロブ John LobbAutumn | Winter 2015コレクションでデビュー

パウラ氏は、ジョンロブJOHN LOBB)のアーティスティックディレクター就任から最初のコレクションである『ジョンロブ John LobbAutumn | Winter 2015コレクション』にて華々しいデビューを見事に飾った。

パウラ氏のコメント

「私は長年ジョン・ロブを賞賛し、ノーサンプトンのチームに最大限の敬意を払っています。Gerbase氏は、ブランドの芸術的なビジョンを託されたことを光栄に思っており、その将来の一部であり、純粋さと新の精神を維持することを楽しみにしています。

「私たちは、クラフツマンシップの本質的な価値を尊重しながら、ブランドに現代的なビジョンをもたらしたいと考えています。」

ジョンロブのブーツ 「COMBE(コーム)」

チャッカブーツにシングルバックルを備えたレースアップブーツで パウラ・ジェルバーゼ氏が、ジョンロブJOHN LOBB)で最初にデザインした革靴である。

ジョンロブの革靴 ダブルモンクストラップシューズ「MORVAL(モーヴァル)」

ジョンロブのスエードレザー チャッカブーツ「GROVE」

2016年:春のコレクションで1205.euをデビュー

2016年には、Eコマースも展開するというプレスとともに彼女のインタビューがリリースされましたが。実際には、このあとで『1205』をストップさせます。

『1205』をストップ

2016年春コレクションの際には、EC戦略など今後の拡大を期待されましたが。インタビューでも、当時の状況に嫌気がさしていたのを吐露していますが。イギリスの欧州連合離脱(Brexit)の国民投票ののちにブランドを一旦ストップすることを決断します。

「よく売れたら、同じことを何度も繰り返さなければならないというこのサイクルにとらわれてしまいます」

商業的なファッション業界のあり方に非常に疑問を持っており、本質的な視点からアパレルビジネスの将来性を危惧し明確な自身の考えを持っているパウラ氏。原点を見直す意味で、『1205』を辞めるのではなくストップさせます。そして、当時についてこのようにインタビューで語っています。

ヨーロッパで8週間旅行し、次に何ができるかを検討しました。すべてのオプションが考慮されました。ある時点で、スイスの古い農家を購入してコミューンを作るべきだと考えていました。

しかし、最終的に、彼らはロンドンのサイレンコールに戻りました。

Woolrich John Rich & Bros. Black Labelのデザイナーもしてた!?

2018年には、プライベートエクイティ会社であるL-GAM Advisorsに売却されアメリカの工場を閉鎖することを発表しましたが。ウールリッチといえば、1830年から続く歴史あるアパレル企業の1つですが。パウラは、一時期ですが。ウールリッチでもデザイナーをしていました。

ユナイテッドアローズ( United Arrows )とのパートナーシップ

1205時代には、日本のユナイテッドアローズとも取引をしていました。

パウラ氏のインタビュー動画

創業者ジョンロブ(JOHN LOBB)氏とブランドの歴史をリサーチ

パウラ氏のインタビューコメント

デザイナーになるという選択をしたことはないと思います。ただ、他のことを考えたことは一度もありません」

「サヴィル・ロウは、私に作りのプロセスに対する規律と絶対的な敬意を教えてくれました。これは今でも、そしておそらく常に私の仕事に役立つでしょう。」

「よく売れたら、同じことを何度も繰り返さなければならないというこのサイクルにとらわれてしまいます」

「ショーをするという業界のプレッシャーがあります」

男性用の洋を着ていたのは、より良いものだったからです。女性の店に行くのはいつもがっかりしていました。」

「それは最小限の考え方ではありません。それは、細部について考え、それを隠すためにかなり長いプロセスを経た人です」

「当時のバレンシアガを見ると、それは仕立てに関するものでした。それは美しく、彫刻されており、実質がありました。それは女性らしさを欠いていなかったと思いますが、それは別の種類の女性らしさです。」

「CSMの私の周りの誰もが、彼らが語ったのは、彼らが次のマックイーンになる方法だけでした」

「名声への欲求は悪化していると思います。ジャケットをカットしたかったので、袖にセットする方法を理解しました。しかし、他の人は興味がありませんでした。名前を付けないデザイナーと会話をしていたのは、とても恥ずかしくて、彼らが聞いた中で最も嫌なことであるかのように「パターンカット」と言ったからです。彼らはただオンラインから画像を引き出し、他の誰かに対処するためにそれらを与えました。」

「今ではファッションは非常に二次元的です。私たちは非常に異なる方法で画像を消費します。私たちは製品を非常に異なる方法で消費します。すべてがオンラインになっています。これはあなたがたくさんアクセスできるので素晴らしいことですが、私はそのように働くことはできません。何かがどう感じているかを理解したいのです。」

「ここ何年もの間、ファッションシステムがどのように壊れているかについて多くの話がありました。しかし、それは一部のブランド、一部の人々、および他の人々のために働いています。私たちが忘れているのは、私たちがサービス産業だということです。うまくいけば、私たちは誰かの人生の一部になります。デザイナーとして、私は自分が素晴らしいアーティストだとは思っていません。自分は応用芸術で働いていると思っており、それを誇りに思っています。ファッションは汚い言葉だとは思いません。」

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