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ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)の歴史~布の魔術師の功績と変革~ | GXOMENS Blog|大人のいい男を目指すメンズファッションマガジン
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ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)の歴史~布の魔術師の功績と変革~

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“Yohji Yamamoto History”

1981年以来、パリでコレクションを発表し続けたレジェンド「山本耀司」とそのブランド率いる「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」ですがオーバーサイズでジェンダーレスな衣服、最先端の素材を使用し、前衛的なフォルムを構築したデザインは今までの既成概念をぶち壊し、常にファッション業界の最前線をひた走ってきました。

そんな「ヨウジヤマモト」は「アーカイブストア」でも取り扱われていたりと常に人気ではありますが、特に今若い世代を中心に「ヨウジヤマモト」ブームが高まっています。 世界のファッションを牽引し人々を惹きつけ続けるその魅力と歴史を探ります。

ヨウジヤマモトの概要

会社名株式会社ヨウジヤマモト
所在地日本 東京
代表取締役今村英雄
創業1972年
創業者山本耀司
事業内容服飾・雑貨 企画・卸(小売)業
公式サイトyohjiyamamoto.co.jp
Instagram@yohjiyamamotoofficial
Twitter@yohji_inc

山本耀司が1981年に設立したファッションブランド「ヨウジヤマモト」は、精緻なパターンとカッティングによる美しいドレープ、独特のボリューム感を持つ独自のスタイルを発信しています。

そのブランドは、ワーグナーのオペラや、ピナバウシュ舞踏団、北野武監督映画などの衣装制作も手がけるほどのブランドです。

山本耀司のプロフィール

名前山本耀司
生年月日1943年10月5日
出身校文化服装学院、慶応義塾大学
職業ファッションデザイナー
団体株式会社ヨウジヤマモト
実績ヨウジヤマモトの創業、デザイン
受賞歴日本・装苑賞(1969年)
日本・遠藤賞(1969年)
フランス・芸術文化勲章(1994年・2005年・2011年)
日本・紫綬褒章(2004年)
日本ブランド創造貢献企業表彰(2005年)
イギリス・ロイヤル・デザイナー・フォー・インダストリー(2006年)

キャリアスタートまでの日々

デザイナー兼創業者である山本耀司は1943年10月5日に東京で生まれました。彼はオーダーメイドの洋裁店を営む母親ひとりの手によって育てられました。その時の彼は、


ミシンの音とアイロンの匂いの中で懸命に働いている母親を通して、世間を見ていた

山本耀司

と言っています。また「母親が一番の”ファムファタル”(運命の女性)だった」とも語っており、母親の影響を強く受けていることがよくわかります。

その後、彼は慶応義塾大学に入学します。日本から世界で活躍するデザイナーは数多くいますがその中でも山本耀司は稀な高学歴なデザイナーのひとりです。

高学歴と言えば同校卒業の「コムデギャルソン」創業者の川久保玲、モードの革命児「エディスリマン」なども高学歴のデザイナーです。

入学はするものの、彼の周りの学生たちは裕福な家庭の学生ばかりで社会に出る気をなくしてしまいました。そして、しばらくの間、バックパッカーをして世界を放浪していたそうです。この時の経験もあり彼は

知りたいなら検索するな。頭しか使わないヤツがデザイナーになれるはずがない

山本耀司

と言っているのかも知れません。ところがひとりで育てて大学にまで行かせた母親に激怒され、慶応義塾大学卒業後、文化服装学院に入り直し、1969年に卒業しました。

卒業と同年、1956年に創設され現在では新人デザイナーの登竜門とされる「装苑賞」、「遠藤賞」を受賞しました。

株式会社ワイズ(Y’s)設立

1972年、株式会社ワイズを立ち上げます。当時の山本耀司の哲学は”モードというモノで、モードを否定する感覚”です。これは当時から現在までも変わっていないように感じます。

デザインコンセプトは「男性の服を女性が着るということ」すなわち、時代や流行、ブランドネームに流されない価値観を持つ、自立した女性たちに対する服作りはどこか「マルタンマルジェラ」に似た自身の流儀を感じます。

1976年には青山のベルコモンズの地下にブランド初の直営店をオープンさせました。当時の隣のショップはコムデギャルソンだったようです。

衝撃的なパリコレデビュー

そして、1977年には東京コレクションデビューを果たし、その4年後、1981年にはパリのプレタポルテコレクション、翌1982年にはニューヨークコレクションにもデビューし、同時に「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」をスタートさせたのです。

デザイナー、山本耀司のパリコレクションデビューは、その大胆で斬新な手法から、コムデギャルソンの川久保玲と共に、当時のプレタポルテでは”黒を使うことはタブー視されていた”という風潮もあり、じゅうぶんな衝撃を与えたふたりのデザイナーを称え「黒の衝撃」と言われています。そんな彼が服作りについて面白いコメントを残しています。

服は前からではなく、後ろ側から作っていくものです

山本耀司

というものです。後ろ側こそが服を作る上で重要な部分であり、そこがしっかりできていないと、前側も成り立たないのだ、と説明しています。

また、服を作るときには、着心地、着た時のシルエット、風になびいたときのシルエット、動いた時の布の追従性など、服を着用すれば直面するであろう様々なシーンを想定して手掛けることが大切で、彼はその探求を妥協することはありません。

その探求心から培われた高度なカッティングや縫製技術を駆使する彼は、「布の魔術師」と呼ばれるまでになりました。

布の魔術師の活躍

その後、1986年には第4回毎日ファッション大賞を受賞し調子づいたヨウジヤマモトは、1988年には株式会社ヨウジデザイン研究所を設立、それ以降、パリに拠点を置き、パリを主戦場にコレクションを展開するようになります。

1989年ヴィム・ヴェンダースによるドキュメント映画「都市とモードのビデオノート」発表のほか、ワーグナーのオペラ、ピナ・バウシュ舞踊団、北野武監督映画などの衣装制作を手掛け、北野武に気に入られプライベートでも着用されています。

1993年、バイロイト音楽祭でオペラ「トリスタンとイゾルデ」の衣装を担当し、その後、坂本龍一によるオペラ「LIFE」や北野武監督の映画「BROTHER」、「Dolls」など数多くの衣装を手がけました。翌年1994年にフランスの芸術文化勲章「シュバリエ」を受章しました。

ワイスリー(Y-3)発足

2002年にはアディダスとの共同ブランド「Y-3」のクリエイティブディレクターに就任し、ファッションとスポーツという2つの異世界を融合し、革新的なスタイルを打ち出しました。

さらに、2005年にはフランス国家功労勲章、2011年にはフランスで芸術文化勲章の最高位である「コマンデュール賞」を受賞します。2010年”服をファションから取り戻す“という信念を掲げ、19年ぶりに東京でメンズショー「ヨウジヤマモト ザ メン(YOHJI YAMAMOTO THE MEN)」を開催しました。

ムッシュ かまやつ、あがた森魚、真木蔵人など服に着られることなく自らの生き様を纏い”着こなす”男たちを集結させたショーが話題を呼び、山本耀司は、”格好良い”の本質や服の美意識を表現できる貴重なデザイナーとして高く評価されました。

2010年代の活躍

2012年、ヨウジヤマモトがウィメンズの新ライン「レギュレーション(REGULATION)」発表し、翌年の2013年にはメンズでもレギュレーションを発表しました

2014年、アクセサリーブランド「ディスコード ヨウジヤマモト(discord Yohji Yamamoto)」をスタートさせ、2014年秋冬プレコレクションでファーストコレクションを発表しました。

メイドインジャパンのハイクオリティにこだわった、バッグ、シューズ、スカーフなどのファッションアイテムを展開し、日本の文化である“奥ゆかしい美しさ”をヨウジヤマモト流の解釈されたデザインが特徴です。

さらに、ヨウジヤマモト初のブランドセレクト型ショップ「グラウンド ワイ(Ground Y)」をオープン、「グラウンド ワイ」は、ヨウジヤマモト社のブランドを複数取り扱う、 新しいタイプのブランドセレクト型の直営店です。

エストニア生まれの「ラグネ キカス(Ragne KIKAS)」をデザイナーに起用した 「プライ バイ ラグネ キカス(plyy by RAGNE KIKAS)」を2015年の春夏コレクションからスタートさせ、2017年、絵画を中心とした展覧会『「画と機」山本耀司&朝倉優佳』が東京オペラシティ アートギャラリーで開催されるなどファッション業界以外でも活躍しています。

あのモードの帝王「カールラガーフェルド」も、ヨウジヤマモトの服を敬愛しています。「一着の服装をするということは、社会に対する自分の意識を表現すること」、「ファッションは本来、いかに個性的で、自分自身であるかという、いわば自己表現の精神活動に利用するもの」などと語っている山本耀司はこれからも自己の表現のための創作活動を行い、ファッション業界をもり上げてくれることでしょう。

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