後編『Chrome Heartsの歴史』三つのブレイクポイントとクロムハーツ年表 #クロムハーツ大図鑑 Vol.2

“Chrome Hearts History Sequel”

1989年 一つ目のブレイクポイント

ブランドを設立した翌年の1989年、リチャード・スタークの友人が監督を務めた映画「チョッパー・チップス・イン・ゾンビー・タウン(Chopper Chips In Zombie Town)」で衣装を担当することになりました。この出来事がスタートしたばかりのブランドだったクロムハーツの最初の大きな転機となりました。
※ 映画”Chome Hearts”、Chopper Chicks in Zombietownのタイトルが有名になって後々タイトルが変更された)

via
Chopper Chicks in Zombietow

当時のことについてリチャードスタークはこのように語っています。

そのころは制作費もなかった。だから高価なシルバーの装飾も何もなく、今見ても誰もクロムハーツだとは気づかないだろうね。

リチャード・スターク

と、言うほどシンプルなレザーライダースでしたが、この衣装担当の一件の噂がたちまち広がり、バイカーの中で人気が出はじめたのです。もともと、当時のクロムハーツはレザーのバイカーウェアが中心でウェア用にオリジナルのボタンやジッパーなどのパーツを作って販売していましたが、この人気の高まりを受けてそれらを独立したパーツとして商品化、販売することになります。

二つ目のブレイクポイント

独立したパーツを商品化、販売によりバイカーからさらに人気ミュージシャンたちへと人気と評判が広がっていきました。”ガンズ&ローゼズ”のボーカル「アクセルローズ」やギタリスト「スラッシュ」がクロムハーツのシルバーアクセサリーを愛用していたことからさらに広く知れ渡り、更なるブレイクのきっかけとなりました。

80年代から90年代から全盛期を迎えたハードロックというジャンルは、特にバイカースタイルを愛するようなファンを多く抱えています。時代の流れに乗ってクロムハーツは高級シルバーブランドとしての地位を確立させています。過去にリチャード・スタークは氷室京介との対談時に

ブレイクのきっかけはガンズだが、ロックスターと呼ばれる人間の中で初めてクロムハーツを愛用してくれていたのは、セックスピストルズのスティーヴ・ジョーンズだった

氷室京介との対談時のリチャード・スターク

と語っています。そのことからわかるように、クロムハーツの歴史、ブレイクのきっかけにはロックやパンクといった音楽との密接な関係性があるのです。これは「ラフシモンズ」や「ヴァージル・アブロー」とも通ずるものを感じます。

1990年 日本のクロムハーツの聖地

1990年、日本で初めてクロムハーツの正規代理店が登場しました。岩手県盛岡市にあるセレクトショップ、「ガルフ インテレクチュアルギャラリー」(GALF Intellectual Gallery)でした。岩手県というロケーションでありながらも、商品のラインナップはニューヨーク店に続いて世界第2位、もちろん国内ではトップの取扱いを誇り、当時は「クロムハーツの聖地」とも呼ばれており、足繁く通う芸能人も多かったといいます。また、リペアは無料、カスタムも自由にできるショップとして有名でした。

1991年 コムデギャルソン青山が取り扱い

1991年には、コムデギャルソン(COMME des GARCONS)青山が一時的に代理店となってクロムハーツを取り扱いを始めました。リチャード・スタークは、パリで開催されたコムデギャルソンオムプリュスの1991S/Sコレクションのショーにも出演します。また、感謝の意を表して、ギャルソンのシャツのボタンをクロムハーツのシルバーボタンに付け替えるなどの他、タグに書かれた「COMME des GARCONS」の文字を「CHROME des GARCONS」に書き換えるというウィットも披露したそうです。これがコラボレーションの始まりと言われています。

1992年 三つ目のブレイクポイント

さらに、クロムハーツにとって大きな飛躍のきっかけが訪れます。1992年、アメリカファッションデザイナーズ協会(CFDA)のアクセサリー部門で最優秀賞を受賞しました。これによって、バイク愛好家やロックミュージシャンだけでなくアメリカのセレブを中心に爆発的な広がりを見せ一般の消費者へと一気に人気が拡大していきました。

ユナイテッドアローズとの契約

CFDAのアクセサリー部門の最優秀賞を獲得したのと同じ年に国内有数のセレクトショップ、ユナイテッドアローズが正式に取扱いをスタートします。

1994年 ハリウッドに本社移転

マリブで設立したクロムハーツの本社をハリウッドに移転します。

1995年 レナード・カムフォート脱退

創設者のひとで天才彫金師の「レナード・カムフォート」がクロムハーツを脱退します。

1996年 直営ショップ第一号オープン

「CHROME HEARTS N.Y」がオープン。

1997年 「ユーティカ」オープンから怒涛のオープンラッシュ

1997年には実験店として、国内初のクロムハーツ専門のショップをユナイテッドアローズ原宿本店前にオープンします。その時のショップ名が「UTICA」(ユーティカ)でありこれは、リチャード・スタークの生まれ故郷の名前です。クロムハーツにとって重要な実験店であったことを物語っています。

その後は、1999年12月にはクロムハーツ東京「CHROME HEARTS TOKYO」が南青山に、2001年には実験店であった「UTICA」が「CHROME HEARTS HARAJUKU」としてリニューアルされました。大阪店「CHROME HEARTS OSAKA」もオープンされ2008年には名古屋店「CHROME HEARTS NAGOYA」、福岡店「CHROME HEARTS FUKUOKA」がオープンさせます。実験店「UTICA」を除けば日本初のクロムハーツ専門店だったクロムハーツ東京が、
「at home -家のように感じられる店-」 をコンセプトに大々的にリニューアルされました。2階では世界初となる「クロムハーツの住空間」を提案し、実際にリビングやダイニング、ベッドルーム、バス、トイレなどの空間までも作り出されました。

さらに、2010年には銀座店「CHROME HEARTS GINZA」、2011年に神戸店「CHROME HEARTS KOBE」、2013年に梅田店「CHROME HEARTS UMEDA」、2014年に福岡店「CHROME HEARTS FUKUOKA」がオープン(旧CHROME HEARTS FUKUOKAはCHROME HEARTS HAKATA DAIMARUに改名)しました。

2000年 もう一人の天才彫金師との別れ

直営ショップ第三号となる「CHROME HEARTS L.A」がロサンゼルスにオープンしたのと同じ年にスタンリー・ゲスもクロムハーツを脱退しました。

2002年 伝説のロックバンドとのコラボレーション

イギリスのロックバンド「ローリングストーンズ(The Rolling Stones)」とのコラボレーションを発表し、バンドの象徴的な「唇と舌」をモチーフにしました。

2007年 xコムデギャルソン

日本が誇るデザイナー川久保玲もクロムハーツのライダースに魅せられた一人です。もともとクロムハーツを初めて日本で紹介したブランドはコムデギャルソンでしたから、そのコラボレーションはもっともなところでしょう。コムデギャルソンが運営するコンセプトショップ、ドーバーストリートマーケットギンザでは、クロムハーツとコムデギャルソンがコラボしたTシャツやパーカなどを限定でリリースしています。

同年には1946年11月4日、ニューヨーク市で生まれ、エイズによって42歳の若さで亡くなってしまった写真家、ロバート・メイプルソープ(Robert Mapplethorpe)。そんなメイプルソープとのコラボレーションが実現しました。

2006年11月のとある日、ニューヨークの一角でクロムハーツのデザイナー、リチャード・スタークがブラジルの友人たちと夕食を楽しんでいる時に、誰かが「もし今、ロバートが生きていたら、きっとクロムハーツを着けていたにちがいない」とつぶやいたことが、そのきっかけでした。

2010年 xリックオウエンス

リックオウエンスとのコラボレーションスニーカーは、リックオウエンスのハイカットスニーカーで名作と呼び声の高いジオバスケット(GEO BASKET)、通称”ジオバス”を使ったものです。サイドジップの持ち手とスニーカーの背面にはダガーが、特徴的な長いタンにはCHプラスのワンポイントとセンターにCHクロスが付けられており、さらに、レースホールのハトメは全てシルバー製オリジナル、シューレースの先端にもシルバーのチップが付くという豪華仕様でした。

シューズ類では、コンバース(Converse)バンズ(Vans)、ムートンブーツで知られるアグ(UGG)とのコラボレーションをしています。コンバースの名作オールスターをベースにしたモデルの中には、シューレースの部分が全てベルト締めになっており、5列のレザーベルトそれぞれにシルバーのバックルが付いたタイプもあり、迫力のビジュアルでファンを唸らせました。

また、アパレルではアベイシングエイプ、カシミアのブランド、ジ・エルダー・ステイツマンなどとコラボレーションしています。

溺愛の娘がデザイナー!?

リチャード・スタークには、3人の愛娘がいます。長女、ジェシー・ジョー・スターク(Jesse Jo Stark)、次女、フランキー・ベル・スターク(Frankie Belle Stark)、そして三女のクリスチャン・スターク(Kristian Stark)。かつてインタビューを受けた時に「クロムハーツの一番のファンは誰?」という問いに対して「それは娘だね」と言わしめるほど溺愛しているようです。

その長女であるジェシー・ジョー・スタークは、まだ20代ながらも現在クロムハーツでヘッドデザイナーを務めるまでになっており、既に10代の頃にはあのスニーカーの人気ブランド、VANS(ヴァンズ)とのコラボレーションを果たしています。

クロムハーツに新しい風が、、、

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2010-2011秋冬コレクションでは「ピートパンク」(PETE PUNK)と名付けられたジェシーデザインのフルコレクションも発表されました。従来のクロムハーツは、どちらかというと無骨で重厚、ゴシックでハードロックなイメージが強いデザインが主でしたが、ジェシーが手がけるデザインは、ややパンキッシュなテイストが強かったり、ネイティブや女性的で繊細なイメージを備えたラインナップとなっています。

この辺りのテイストの違いについては、ジェシー・ジョー・スターク はこのように語っていました。


パパは何も変えたくない派。でもママは完全に新しいモノ好き。私はその中間。だから皆で言い争いになっちゃう。でもそこから新しく良いものができるの

ジェシー・ジョー・スターク

また、クラッシュ(The Clash)、ランシド(Rancid)、ミスフィッツ(Misfits)などのバンドを挙げ、自身を形成したバックグラウンドにはパンクロックが大きく影響していることを明かしています。

2012年 聖地の終焉

ユナイテッドアローズとの事業拡大が続いたその一方で、日本初のクロムハーツ正規代理店であったインテレクチュアルギャラリーは、2012年をもって契約を解除、取扱いを終了してしまいます。現在は、リチャード・スタークと伊藤忠商事の共同出資によって設立されたクロムハーツジャパン有限会社が、アジア(香港を除く)でのクロムハーツ商標権を持っており、日本国内においては、ユナイテッドアローズが唯一の正規代理店となりました。

ユナイテッドアローズとの別れ

長きに渡って協力してきたクロムハーツとユナイテッドアローズですが、どのような理由によるものかは発表されていませんが、ユナイテッドアローズの取締役社長が代表を務める新会社「CHROME HEARTS JP 合同会社」を設立し、2016年10月1日付けで簡易吸収分割によってクロムハーツ事業の権利を同会社に継承しました。そしてその会社から複数回に分割して、リチャード・スタークが運営する「CH Holding Company」へと譲渡されることとなりました。これは、1999年に締結したライセンズ契約が2016年9月いっぱいで満了するタイミングに合わせて行われるもので、2024年12月末までに段階的に進められるとされています。

これによって、日本国内で正式にクロムハーツを取り扱う代理店はなくなることになりました。今後の日本での展開は、クロムハーツファンなら注目するところです。

奇才とのコラボレーション

ガレス・ピュー(Gareth Pugh)は、「売ることを考えていない」という指摘を受ける一方で、世界的なファッション誌ヴォーグ(VOGUE)の編集長アナウィンターをして「彼が天才であることは否定できない」と言わしめる奇才デザイナーです。そんなガレス・ピューとも、クロムハーツはコラボレーションしています。このコレクションは、イギリスを代表する高級百貨店のひとつ、セルフリッジズ(Selfridges)にあるザ・ワンダー・ルーム(The Wonder Room)内のクロムハーツショップ限定で、2014年1月から販売されました。

このコラボレーションを実現するにあたって、デザイナーのガレス・ピューはロンドンとロサンゼルスを何度も行き来し、クロムハーツの工房を訪ねるだけに収まらず、リチャード・スタークの自宅で家族や友人たちとも時間を共有することで、様々なインスピレーションを得たそうです。また、ガレス・ピュー自身は「私にとって美しさとは、力強さを意味している。かつて自分のデザインするものを『現代的な鎧』と言い現わしたことがあるが、それがクロムハーツのスピリットと非常にマッチしていると感じた」と語っています。

このコラボコレクションが発表される前年の2013年の10月に、クロムハーツがガレス・ピューのためにディナーパーティーを開催しているそうです。ロサンゼルスのマリブ市内で開かれたそのパーティー会場には、ガレス本人はもちろん、リチャード・スタークの妻であり、クロムハーツの共同経営者であるローリー・リン・スタークや、スーパーモデルのシンディ・クロフォード、その夫であり実業家のランディー・ガーバー、女優のケイト・ハドソンなどが顔を揃えていたとのことです。

2016年 xベラ・ハディット

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当時、最も勢いのあるモデル、ベラ・ハディッドとのコラボアイテムはアパレルラインの中でも高い人気を誇っています。ロゴTシャツやフーディ、レザーのキャスケットなど、女性のためのアパレルとして昇華したクロムハーツの雰囲気が人気です。

ベラは2016年のGQアワードで、モデル・オブ・ザ・イヤーに輝き、ヴェルサーチやディオールなど様々なビックブランドでモデルを務め、このコラボではデザインを担当しています。このコラボはアメリカを中心に世界中で高い話題を呼び、メンズのイメージが強かったブランドを女性でもカッコよく身に着けられるブランドとして展開し、今ではクロムハーツのシルバーやアパレルを身に着ける女性も多くなりました。


様々なブランドやモデル、女優、ショップとのコラボレーションを活発に行っています。そのシルバー、アパレルアイテムを軸に、ボーダレスに活動をしています。 特に大物女優ケイト・ハドソンがクロムハーツのためにデザインしたジュエリーのコレクションである「CH+KH」は、これまでのブランドのハードなイメージとは違った新しいデザインの提案により、女性ファンを増やしたコラボラインでもあります。

2018年 「ヴァージル・アブロー」の「Off-White」とのコラボレーション

大人気ストリートブランド、オフホワイトとのコラボアイテムはマイアミで毎年開催されているアートフェスティバル、アート・バーゼル・マイアミにて突然発表されました。そのアイテムは両ブランドのロゴがデザインされたブラック一色展開のTシャツで、世界の17都市の店舗で販売されました。それぞれの都市名をTシャツに冠していることや、日本でも多くの有名人がSNSなどにアイテムをアップしたことなどで話題を呼び、希少価値の高いコラボとなりました。

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このコラボは2016年に行われ、一度限りと思われていましたが、2018年に再び同ブランドとのコラボアイテムが発売されました。こちらはオレンジカラーのフーディとなっており、またも、特にアナウンスがなく発売されたため、話題騒然となりました。オフホワイトのデザイナーヴァージルはルイヴィトンのデザインナーにも抜擢され、ブランドとしてもかなり勢いのある時期でのコラボであったため、多くのファッショニスタが求めるアイテムとなりました。

計2回のコラボアイテムはどちらもストリートの要素にクロムハーツのハードな要素をエッセンスとして加えたようなアイテムとなっており、第3弾も期待されているコラボの一つです。

まとめ

現在ではクロムハーツはシルバーアクセサリーにとどまらず、ゴールドや石入り入ジュエリーなどのゴージャスなジュエリーが増え、女性にも受け入れられるハイジュエリーブランドとなりました。しかし、今も変わらずクラフトマンシップとブランドのこだわりをどこまでも貫く姿勢は変わっていません。これからも本当に欲しいものを作り、理解してくれる人と共有したいというクロムハーツのブランド創業時の思いは変わることなく引き継がれることでしょう。

今後のクロムハーツの動向に要チェックです!

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