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『インスタ多数あり』「Raf Simons」Archiveコレクション~ラフシモンズのアーカイブが再燃している理由とは~

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”Raf Simos Archive Collection”

ラフシモンズの歴史を振り返ると幾度となく出てきたアーカイブという言葉。
アーカイブの意味は、記録もしくは〔古文書〕保管所となります。じゃあラフシモンズのアーカイブとは?
そうです。ラフシモンズの過去のコレクションのことを指します。その過去のコレクションが『ヤバい』んです。

特にラフシモンズの歴史:後編にも出てきたブランド休止以降の数年いわゆる2000年代前半のコレクションがヤバいんです。ヤバい、ヤバいって言ってても仕方ないんで何がヤバいのか、ヤバい理由を紹介していきます。

ラフシモンズの人気のアーカイブ

ラフシモンズといえば『アート』、『音楽』、『ユースカルチャー』などからインスパイアを受けファッションに落とし込んだコレクションをよく発表しています。このように若い頃に影響を受けたカルチャーや人物をコレクションで表現する手法は今でこそよく使われる手法ですが初期の頃からラフシモンズはよく行っていました。

去年、「サンローラン」を去り「セリーヌ」のデザイナーになったと話題にもなった『モードの帝王「エディ・スリマン」』をはじめ、さまざまなデザイナーが行っているクリエイションの手法ですがラフシモンズは90年代から行っていたということです。
他にも、ルイヴィトンのデザイナーヴァージル・アブローもこの手法でコレクションを手掛けています。

ラフシモンズ復活後の2000年代前半に多く、その時代のコレクションは”神の宿るコレクション”です。

暴動期

神の宿るコレクション”の中でも特に人気なのはウェールズのロックバンド「Manic Street Preachers」からインスピレーションを受けた2001-2002のA/W通称”暴動期”ではないでしょうか。このコレクションではとにかくレイヤー、レイヤー、レイヤーというルックがかなり目を引きました。ほかにも、フードブルゾンや、ビッグコート、ボンバーJKTのアイテムを多用し、モデルは顔を覆ってランウェイを歩きました。

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多大な人気を誇るラフシモンズのアーカイブの中でも伝説と言っても過言ではない”迷彩柄MA- 1”はカニエ・ウエストが着用してからリユース市場で最大$47,000もの値が付けられたりともう意味のわからないことになっています。。。

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@davidcasavant #rafsimons

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もうこのコレクションが今でもラフシモンズ史上最強のコレクションになってると思います。
迷彩MA1やフードブルゾンをはじめ、この当時のアーカイブは誰もが欲しがったと思いますし、2019年の現在でも誰もが欲しがっているアイテムだと思います。

さらにこの後のコレクションにもかなりの影響を及ぼします。
特に写真のプリントを張り付ける、ビックパーカー、豪快なレイヤード。この3つの手法は今後もラフシモンズのコレクションでも他のブランドのコレクションでも幾度となく使われて行きます。

このようにラフシモンズはダッドスニーカーブームのトリガー”Ozweego”にしろ幾つもの時代や流行を作ってきたのです。

テロ期

2002年のS/S、通称”テロ期”は名前の通り、テロリスト風のスタイルが特徴的です。顔を隠した赤、白、黒のモデルがたいまつをもって歩いている光景は異常です(笑)
『アメリカ同時多発テロ(9.11)』の起こった約3か月後にこのコレクションが発表されました。がこのコレクションはまるで予知していたかのように何か月も前から考えられていたということに驚きます。

特に、赤のフーディーが人気だったのですが残念ながら日本では販売はされなかったみたいです。

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Morning thoughts and inspirations #raf2002

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バージニアクリーパー期

2002-2003A/W”VIRGINIA CREEPER期”は自然をテーマにしています。お、珍しく自然からのインスピレーションなんだとも思う方も多いでしょうが、この『バージニアクリーパー』ってアメリカツタの英名なんですけど、キレイな小さな実を成らすのですがこの小さな実には毒があるんです。いわゆる「美しさ」と「脅威」を指した”自然の二面性”っていうのがほんとのテーマです。

この二面性って人間にも通ずるものがあると個人的には思います。どうでしょうか。。。皆さんはどう思いますか?

このコレクションはオーバーサイズが特徴的で、天然素材とフェイクレザーなどの工業用織物を組み合わせ当時の工業用織物の使用を皮肉ったようなコレクションにも見てとれます。

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また、森林のブラウンや夜の黒、葉っぱの緑色など自然に関連付けたのテーマに由来したカラーリングを使用しているのも特徴です。
植物が生い茂る場所でコレクションも発表され、自然の壮大さをより強く感じさせるコレクションになっていると思います。

https://www.instagram.com/p/BrMoVJoFEFw/

このシーズンには幻と言われる『ネブラスカ』スエットシャツが存在します(笑)ふつうのカレッジスエットなんですが今、探し出すのは非常に困難な故に”幻”と言われています。

消費者期

2003年のS/Sは「消費」というものに対するラフシモンズの考え方をデザインに表したシーズンです。現代の消費主義の思想を再考させる目的のコレクションです。

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@printings.jp

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人気の全面プリントのボンバーJKTを含め、ホワイトのパテントレザーやブラックメッシュなど複数の素材が混合しており、軍国主義とフェティシズムを表現しているみたいです。

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Goal #rafsimons2003

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このコレクションでは、パラシュートボンバーJKTが有名で、ラフシモンズが1万ドルもの売り上げが見込まれていることを考えていると、大いに予言していたそうです。先見の明もあるようでラフシモンズのスペックには驚かされます。

日本でも人気のK-POPの人気グループ『BIGBANG』のリーダーであり世界中のファッショニスタが注目するアイコン「G-Dragon」氏もフォトブックで着られているようです。

クローザー期

2003-2004A/W通称”closer期”と 呼ばれるコレクションのテーマはイギリスのロックバンド『Joy Division』が関係します。 そのバンドのグラフィックの多くを手がけたピーター・サヴィルのアートワークをファッションに落とし込んだシーズンになります。
『closer』とは『Joy Division』のアルバム名から由来しています。ボーカルの自殺によって活動が休止してしまいますが、その後残ったメンバーで「New Order」を結成しています。

「UNKNOWN PLEASURES」の刺繍の入ったブロードシャツ、権力の美学のプリントがデカデカと叩きつけられたパーカ のほかにJoy DivisionのアルバムのジャケットやNew Orderのアルバムのジャケットをモチーフにしたアイテムがかなりの人気とアイテムになってます。

New Orderの2ndアルバム「権力の美学」 のジャケットがプリントされたコートに至っては200万を超えるとか。。。恐ろしいです。

https://www.instagram.com/p/Bmp5gCXgad8/

”closer期”のアーカイブものは2018年S/Sのシーズンに復刻したことでも話題となりました。

宗教期

2004S/Sは”Waves期”とも言われます。ヘルマン・ヘッセの小説「シッダールタ」をテーマにしたシーズンです。シッダールタとは「釈迦」のことを指します。なので通称”宗教期”と言われているんですね。

このシーズンはまだドカッとプレミアがついてるわけじゃないので今のうちに手に入れておくのもありかもしれないです。
特に刺繍が施されたレギオンぺーパーコートはこれからプレミアがつきそうな予感がします。

History of the world期

2005A/Wの通称”ポルターガイスト期”とも言われます。アメリカの映画監督「トビー・フーパー」の1982年の『ポルターガイスト』、とフランスの映画監督「ジャン・ロリン」の1979年の『ファンシネーション』という2つのホラー映画からインスピレーションを得たコレクションです。

特に印象的なのが『ポルターガイスト』カプセルで、ランウェイに登場していないにも関わらずこのシーズンを呼称する時に『ポルターガイスト期』とまで言われるようになりました。
今ではラフシモンズのおなじみになったグラフィックパッチワークが特徴的なコートが高値で取引されています。

『音楽』をテーマにしたコレクション

『音楽』と言ってもラフシモンズは特にロックバンド、エレクトリックミュージックにインスピレーションされることが多かったみたいです。その証拠に1990年代後半にはロックバンドをテーマにしたコレクションを発表しました。

1999年のA/Wコレクションでは1976年に結成されたイギリスのロックバンド、『Joy Division(ジョイ・ディヴィジョン)』をテーマにしたコレクションが発表されました。
当時のメンバーのファッションスタイルを彷彿とさせるシャツにトラウザーズ、全身を黒で覆ったルックが目立ちました。

ショーの始まりと同時に、細身な白いシャツを第一ボタンまでとめて、ワイドパンツにインしたお馴染みのラフシモンズのシグネチャースタイルともいうべきスタイリングがされたモデルたちが大きな旗を両手で持って歩いてきます。
暗い会場に黒のケープのような被り物を被ったモデルに当てられた薄くかすかに光るスポットライトの光は幻想的な美しさもありました。

ジョイ・ディヴィジョンは解散した今でもファッションアイコンやファッショニスタに注目されており、代表作「UNKNOWN PLEASURES」 というアルバムのジャケットには『無線パルス波形』が使用されていますが、このアルバムジャケットをファッションアイコンとしても有名なユーチューバー「カワグチジン」さんもタトゥーとしてなんと手の甲に彫っています。。。

https://www.instagram.com/p/Bo0KDATAWBv/

『カワグチジン』さんもルイヴィトンのパーティーに招待されていましたし、『ヒカキン』さんをはじめ、最近ユーチューバーの方もファッションの広告塔として活躍しているイメージが強いです。

他にも、1998年のS/Sコレクション、通称”Black Palms期”言われるコレクションです。
このコレクションは、イングランドのパンク・ロックバンドの『Sex Pistols』をテーマにしたシーズンでした。

足元にはわざと泥で汚されたコンバース。当時のセックス・ピストルズを彷彿とさせるようなルックや、背中に細かく切り込みが入れられたTシャツや、少し幅広の黒いスラックスなどがありました。

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#rafsimons @ideabooksltd

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特にラフシモンズが好んで使用していたノースリーブもロックバンドの未完成な粗削りな感じを表現していたのかとも思えます。

https://www.instagram.com/p/BrKgo8shIru/

1998AWはドイツのテクノユニットのクラフトワークのアルバム『人間解体』のジャケットをイメージしたコレクションだというのは音楽好きなら想像しやすいと思います。そこで発表されたルックは強烈です。黒髪でオールバック、赤いシャツに黒いネクタイ、チャコールグレーのパンツを身にまとって歩くモデルたちがどこか異様な雰囲気を放っています。正直、特に特別なデザインが施されたわけでもないデザインですが服を着たモデルたちから放たれるカッコよさは別次元のものでした。

『カルチャー』をテーマにしたコレクション

ラフシモンズは『音楽』以外に、『アート』をテーマにしたシーズンを発表することが多いです。僕は音楽もアートも『カルチャー』の一部だと考えます。
特に多感でありながら繊細で、でもどこか大胆な若者文化といわれる『ユースカルチャー』にフォーカスを当てることが多く、それは、アンダーグラウンド寄りな、どちらかというとサブカルチャーと言われる文化です。


ラフシモンズはごく最近の2018-19A/Wのコレクション、アンダーグラウンドな出来れば誰も触れたくないようなモノをテーマにしました。

先ほども言ったように多感だからこそ興味を持ち、禁止されているものだからこそ手を出してしまうような若者を魅了してします『ドラッグ』をテーマにしたのです。実際のところは1980年代の半ばの演劇『DRUGS』という作品がイメージソースとなっています。

ランウェイの花とカーブはまるで『ドラッグ』に手を染めてしまって陶酔状態で幻覚の見えた若者の世界かのような衝撃的なものでした。

パンツには”LSD”や”XTC”などのドラッグの略語のパッチワークが施され大丈夫なのか。。。と思ってしまうようなコレクションでした(笑)
スタイリングは頭からかぶったものの袖には手を通さずまるで手が通せないほどドラッグの影響があるのかとも思わせるようなダークサイドな表現でした。

特にここ最近で『アート』色が強烈に解き放たれていたのは14-15A/Wだと思います。

アメリカ人アーティストでありラフシモンズの友人であるスターニングルビーと共同制作が行われ、彼のコラージュ作品をそのまま洋服に落とし込んだような大胆なコレクションになってます。

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@pieter_mulier #rafsimons

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このようなド派手なブリーチ加工のコートもあったりします。
このようにラフシモンズはユースカルチャーからもヒントを得て、自分の世界に、服に落とし込んでいます。

最後に

ラフシモンズの才能は世界中のファッショニスタを魅了しました。その中にはもちろん誰もが知るような著名人もいます。
A$AP Mobからラフシモンズへの敬愛を示した曲”Raf”がリリースされたのもその理由でしょう。

他にも、アーカイブコレクターでありアメリカで衣装提供しているデビッド・カサヴァントをはじめ、次の記事では各人紹介していきたいと思います。

『We Are The World』ルイヴィトン 2019SS コレクションヴァージルアブローデビューの裏側とランウェイでのカニエウエストとの熱い友情!

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”We Are The World”

去年3月26日にルイヴィトンの公式サイトでヴァージルアブローのルイヴィトン・メンズウェアのアーティスティックディレクター就任が公表されてからもうすぐ1年が経とうとしています。

Backstage at Louis Vuitton Men’s Spring 2019

改めて彼がキム・ジョーンズの後継者としてルイヴィトンのメンズデザイナーのTOPとして華々しくそしてそこに辿り着くまでの軌跡を思い返し親友のカニエウエスト氏と感動の抱合を見せてくれたパリで開催されたルイヴィトン2019SSコレクションのデビューについて表舞台から見えなかった裏側を含め動画やインタビューも交えご紹介したいと思います。

コレクション概要

タイトル 『We Are The World』
開催日時 2018年6月21日(木)21:30~ 開催 (日本時間)
場所 パリのパレ・ロワイヤル庭園
ゲスト リアーナ、チャドウィック・ボーズマン、ジン・ボーラン、キム・カーダシアン、カニエウエスト、ナオミ・キャンベル、ベラ・ハディッド、リタ・オラ、岩田剛典、スワエ・リー、リウ・ハオラン、カイリー・ジェンナー、ダン・カーター
モデル Playboi Carti、Kid Cudi、Dev Hynes、Theophilus London

コレクションタイトルは『We Are The World』

マイケルジャクソンの名曲としてアメリカだけではなく日本を含め世界中の誰もが一度は耳にしたことがあるこれこそがザ・ヒットソングと呼ぶべき説明不要の1曲ですが。ヴァージルアブローがルイヴィトン初デビューコレクションのタイトルとして選んだのが『We Are The World』です。

via TAP the POP

恐らく彼は世界一のファッションブランドであるルイヴィトンのしかもメンズウエアのトップであるアーティスティックディレクターにまでたどり着いた訳ですから。幼少期からここまでの軌跡を思い返す場面もあって小さいころに聞いたこのタイトルをふと思い出したのかもしれません。

開催場所はパリのパレ・ロワイヤル庭園

コレクションの動画を見た方はこのコレクションのランウェイの景観がまるで映画のセットやワンシーンのようだと思った事でしょう。 日本時間の2018年6月21日(木)21:30~ 開催されたこのコレクションはパリの1区にありルーヴル宮殿の北隣、サントノーレ通り204番地に位置し。もともとはルイ13世の宰相リシュリューの城館だったという歴史的にも非常に価値の高い建物です。

またフランス革命前に王位を狙っていたオルレアン公フィリップ・エガリテ(フィリップ平等公)が、金貸し業者からの借金の抵当になっていたパレ・ロワイヤルの屋敷の庭園を商人たちに貸し出した。 というなんともなエピソードで知られる場所でもあります。

コレクションに関するヴァージルアブローのインタビューコメント


via Vogue

ヴァージルはパレロワイヤルの庭園で、野外ランウェイに3,000人の学生を招待しました。観客席にはヴァージルアブローがグラフィックデザイナーの目と頭脳を使って考え抜いたプログラムがあります。

「基盤を築くこと、それが今シーズンの話題です。 私は世代の支配者に話したいです。 しかし、私は若い世代がやって来て、知ってほしいと思います。


“Laying a foundation, that’s what this season is about. I want to speak to the generation presiding. But I also want a young generation to come in and know, hey, there’s someone here who’s listening and speaking back to them.”

via Vogue
https://youtu.be/ofCW0pNkuPU

“私はここにいます。それを見せたい 私は後ろにもっと多くの人がいるだけの人物です。 私はドアを開けた。道半ばの人々を出迎えたい、そしてそれは開けていることを示したいです。」

“I’m here; I want to show that I’m just a figure with many more behind him. I’ve cracked open the door. I want to show it’s open, to meet people halfway.”

via Vogue

「ここにいる私のすべての友達を見てください。彼らは 彼らはただ彼らが信じることができる何かを望みます。そしてそのスタイルが大好きです。」

“Look at all my friends over here—males—they love style, they love luxury. They just want something they can believe in.”

via Vogue

『どこにでもいる子供たちと同じように、私は「ファッションスクール」なしで
オフィスでコピー機の使い方を学んだ後、スクリーン印刷されたアイデア、そして夢を持って非現実的なミッションを始めました。」

“like some kids today i started the surreal mission without “fashion school” but a blank t-shirt, a screen printed idea for it and a dream. as a nod to that on every seat is a graphic t-shirt I made the early days ”
@louisvuitton once i learned how to use the photocopier in the office.

via virgil abloh

ヴァージルアブローは自分のInstagramアカウントで、そのTシャツの写真にキャプションを付けてこのように言いました。


「以前は、7回のコレクションを計画していましたが、シカゴからパリまで飛行機で行きましたが、6時間は眠れませんでした。 突然、私はこのショーで何が起こるのか、腕を組んで座っている人たちが「何を得たのか見せて!」と言っているというこのビジョンを持っていました。 全コレクション。 明らかに、誰もが私がストリートウェアをやろうと思っていたと思っていました。 そうではありません。

“Before, I’d already had, like, seven collections planned, but I took the plane from Chicago to Paris, and for six hours, I couldn’t sleep. Suddenly, I had this vision of all the anticipation on what’s going to happen at the show, of a bunch of people sitting with their arms crossed, going, ‘Show me what you got!’ So in three hours on that flight I redrafted the whole collection. Obviously, everyone was thinking I was going to do streetwear. That’s not happening.

「私はホワイトについてのこの考えを思い付きました、それから、科学的に白い光がプリズムに当たり、次に色に屈折するという考え。 つまり、私です。 私はオフホワイト(OFF WHITE)です!

それが私の存在理由、私がここにいる理由ですが、今は私は家系の影響を受けています。 しかしそれは更に深いものです。 それは人種、モデル、そして政治的エコシステムです。 そして実際には、それは生地です、フィットします。 スーツを切ることはできますか? 仕立て – どうすればそれができますか?


“I came up with this idea about white, but then, scientifically, the idea of white light hitting a prism and then refracting into color. I mean, that’s me—I’m Off-White! That’s my raison, why I’m here, but now I have the impact of the house. But it’s deeper than that. It’s race, it’s models, it’s the political ecosystem. And practically, it’s fabric, fit. Can I cut a suit? Tailoring—how can I do that?

via virgil abloh

コレクションの見どころ

今回のコレクションではヴァージルアブローの沢山の友人たちがモデルとして起用されました。このモデルのラインナップだけでも充分すぎるぐらいファンにとっては価値があるものだったと思います。

コレクションでランウェイに登場したモデルたち

多くのモデルがヴァージルアブローの個人的にもビジネスにおいても友人、パートナーといえるメンツが揃っており皆が各ジャンルでもトップクラスなため見ごたえがあります。

プレイボーイカルティ(Playboi Carti)

ヴァージルアブローの友人でもありエイサップ・ロッキー(A$AP Rocky)率いるA$AP Mobでもあるプレイボーイカルティ、アメリカの若者の間では彼のファッションをウォッチするファンが多く。ラフシモンズ、シュプリーム好きでも知られる。

コレクションでは、 グレーのレンガ模様のボトム、メタリックシルバーのポンチョ、チェーンで飾られた光沢のあるダッフルバッグ。

キッド・カディ(Kid Cudi

デヴ・ハインズ(Dev Hynes

THEOPHILUS LONDON (セオフィラス・ロンドン)

スティーブ・レーシー(Steve Lacy)

via
Vogue

「超DIYプロデューサー」 であり”イノベーションとヒップホップ”をテーマにすべての楽曲をiphoneで作るという弱冠20歳の若手やり手プロデューサー。ミュージシャンです。ちなみにケンドリックラマー(Kendrick Lamar)のプロデュースも務めたという経験ももち既に大物感満載です。

注目すべきポイントと見どころ

ルイヴィトン2019春夏コレクション最大の見どころはアイテム、モデルさんも勿論ですが。やっぱりヴァージルアブローのデビューという大舞台での師匠であり大親友のカニエウエスト氏との感動のフィナーレの抱擁でしょう。もう見ているこっちが目頭が熱くなるものがあります。

11分50秒あたりでヴァージルアブローが少し緊張とも歓喜ともとれるような表情で登場し真っ先にランウェイ中央に陣取っているカニエウエスト氏を探しすぐにヴァージルアブローがカニエを指さし向かい。感動と感涙でしばらく動かず抱き合っているんですが。。ヴァージルアブローのお父さんとお母さんが後方で完全に野次馬みたいに写真撮ってるのがすごくシュールで良い具合にほほえましいですね。


ヴァージルアブロー, カニエウエスト, フォンズワース・ベントレー , タズ・アーノルド , クリス・ジュリアン、ドン C

“I had red glasses on, yellow shoes, a marble-patterned shirt, and a blue Moncler vest. It was a kind of a laughing stock-type photo because my friend had leopard leggings on and cowboy boots, but that peacocking, that’s us: unabashed, unjaded, confident. Here in the fashion industry a little too early, but obviously we’ve stuck around and now everyone’s super influential. And I knew that when the photo came out. I was like, ‘Finally, we will write ourselves into history.’”

Tommy Ton (トミー・トン)がパリで偶然2009年のコムデギャルソンのコレクション会場そばで撮られた一枚です。この一枚がSNSで拡がりにひろがって彼らは大きく認知されるようになったわけですが。まだこの当時のヴァージルもカニエもLouis Vuitton(ルイヴィトン)のメンズデザイナーにまで登り詰め。自分たちがパリでコレクションを仕切るとは思ってもみなかったでしょう。もちろんこのような過去を含めて二人は色んなことを思い出したことでしょう。

コレクションの中でも個人的に注目したのがモデル起用です。最近はとくにどのブランドでも目立っているのですが。アジア系モデルの活躍ですね。なかでも我らが日本人を代表してモデル起用されている方がいました!!!

日本人モデル コウヘイ(KOHEI)

https://www.instagram.com/p/BgusvqoBw6f/?utm_source=ig_web_copy_link
via
Hypebae

弱冠20歳の現役大学生というからもう驚きですね。このコレクションで恥ずかしながらはじめてコウヘイさんを知りまして同じ日本人として凄い誇らしいのと今後の活躍をウォッチし陰ながらに応援したいと思います。

韓国人モデル ス・ミン Xu Meen

一目見たら忘れられない個性とインパクトのある彼、衣装やコレクション会場にも飲まれない独特の雰囲気を持っています。ただ素の感じのショットを見ると人の良さみたいなものが現れてますね^^

instagramは@xumeen
彼のポストにアップされてる衣装を見るとやはり彼しか作れない世界観だったりカラーがあって非常に見るものを惹きつけるものがありますね。

https://www.instagram.com/p/Bt_QSGgA0pp/?utm_source=ig_web_copy_link

マテュー・シモーヌ(Mathieu Simoneau)

https://www.instagram.com/p/BidQbY8AlQ4/?utm_source=ig_web_copy_link

韓国とカナダのハーフという今後が期待されるモデルの一人です。身長は190㎝、まだ10代でモデルデビュー2年目にして既にルイヴィトン以外にプラダ。そしてラフシモンズは去りましたがカルバンクラインのコレクションにも登場しています。

コレクションの豪華ゲスト

カニエウエスト&キム・カーダシアン

トラヴィス・スコット

カイリージェンナー

リアーナ

ナオミキャンベル

エイサップ・ロッキー (ASAP Rocky) 

岩田剛典

リウ・ハオラン

コレクションミュージック

はじまりは、BadBadNotGood – Untitled 63

2th カニエウエスト “I Thought About Killing You”

この曲がスタートした時のカニエさんの表情がもうHappyそのものでヴァージルアブローとカニエウエストの友情が垣間見えます。そしてヴァージルアブローがこの曲を選曲したのも師匠カニエウエストへの感謝や友情などの現れでしょう。

3th ”Ghost Town” BADBADNOTGOOD

このショット、カニエウエスト氏がケミストリーの川畑要さんにしか見えないのは私だけでしょうかwww

instagram

『 CHANEL/シャネルの今』ココシャネルとカールラガーフェルドの遺産、後継者ヴィルジニーヴィアール(Virginie Viard)氏とは??

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”CHANEL and Virginie Viard”

カールラガーフェルド氏が19日早朝にパリの病院でお亡くなりになられシャネル(CHANEL)より後継者としてヴィルジニーヴィアール(Virginie Viard)氏が公表されました。2019SSのシャネルコレクションではカール不在ながらも彼女がマネジメントし成功裡におさめたことから次期後継者として目されていましたが。このような早いタイミングで交代の時期が来るとは誰しもが想像していなかったことかと思います。そして名前こそ知っていても詳しくヴィルジニーヴィアール(Virginie Viard)氏についてご存知の方もそこまで多くはないかと思いますので改めてご紹介したいと思います。

https://youtu.be/CTTJLdA_owk
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It is with deep sadness that the House of CHANEL announces the passing of Karl Lagerfeld, the Creative Director for the CHANEL Fashion House since 1983. An extraordinary creative individual, Karl Lagerfeld reinvented the brand’s codes created by Gabrielle Chanel: the CHANEL jacket and suit, the little black dress, the precious tweeds, the two-tone shoes, the quilted handbags, the pearls and costume jewelry. Regarding Gabrielle Chanel, he said, “My job is not to do what she did, but what she would have done. The good thing about Chanel is it is an idea you can adapt to many things.” A prolific creative mind with endless imagination, Karl Lagerfeld explored many artistic horizons, including photography and short films. The House of CHANEL benefited from his talent for all the branding campaigns related to Fashion since 1987. Finally, one cannot refer to Karl Lagerfeld without mentioning his innate sense of repartee and self-mockery. Alain Wertheimer, CEO of CHANEL, said: “Thanks to his creative genius, generosity and exceptional intuition, Karl Lagerfeld was ahead of his time, which widely contributed to the House of CHANEL’s success throughout the world. Today, not only have I lost a friend, but we have all lost an extraordinary creative mind to whom I gave carte blanche in the early 1980s to reinvent the brand.” Bruno Pavlovsky, President of Fashion at CHANEL, said: “Fashion show after fashion show, collection after collection, Karl Lagerfeld left his mark on the legend of Gabrielle Chanel and the history of the House of CHANEL. He steadfastly promoted the talent and expertise of CHANEL’s ateliers and Métiers d’Art, allowing this exceptional know-how to shine throughout the world. The greatest tribute we can pay today is to continue to follow the path he traced by – to quote Karl – ‘continuing to embrace the present and invent the future’.” Virginie Viard, Director of CHANEL’s Fashion Creation Studio and Karl Lagerfeld’s closest collaborator for more than 30 years, has been entrusted by Alain Wertheimer with the creative work for the collections, so that the legacy of Gabrielle Chanel and Karl Lagerfeld can live on.

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ヴィルジニーヴィアール(Virginie Viard)氏 プロフィール

”She is Virginie Viard”

名前ヴィルジニーヴィアール(Virginie Viard)
生年月日不明
年齢不明(1987年にキャリアをスタートしているため50代だと思われる。)
出身フランス リヨン
家族父親: スキーチャンピオンになった外科医
(彼女の母方の祖父母は絹製造業者でした。)
5人兄妹の長女 
夫:jean marc fyot(作曲家、音楽プロデューサー)
息子: Robinson Fyot ( レースブレザーを身に着けシンガポールでシャネル2014年ショーのランウェイに参加しました。)
参照: Virginie Viard Takes the Helm of Chanel After Karl Lagerfeld
ブランド シャネル(CHANEL)
経歴不明:ファッションスクール卒業後Dominique Borgでのもとでコスチュームデザインのアシスタントを開始
1987年:シャネル(CHANEL)でインターン開始
不明:両親の友人でもあるモナコ国王のレーニエ3世の紹介でカール・ラガーフェルド氏と出会う
1992年: クロエChloe) にてカール・ラガーフェルド氏の下で働く
1997年:シャネル(CHANEL)にて再びカール・ラガーフェルド氏と共に働く同時にスタジオディレクターに任命
2000年:プレタポルテの仕事を開始
2014年:息子 Robinson Fyot がシャネル2014シンガポールコレクションにてモデルデビュー

学歴リヨンのファッションスクールLe Cours Georgesで学び、母親・祖母からファッションの基礎を学ぶ
好きなブランド シャネル(CHANEL)以外の好きなブランド
ステラマッカートニー( Stella McCartney )のデニム愛用、バレンシアガ(ニコラス・ゲスキエール)、メゾン・マルジェラ、コム・デ・ギャルソン
Instagram@virginieviard(本人のものかは不明)
ハッシュタグ #VirginieViard  
#CHANELLaPausa
#LaPausa
#KarlLagerfeld  
#CHANELCruise
Twitter不明
友人親友:
カロリーヌ・メグレCaroline de Maigret)
ミシェル・ゴベール(Michel Gaubert
モナコの公爵夫人(カール・ラガーフェルド氏の友人でもあったことから彼女と知り合う。)
モナコ国王レーニエ3世は両親が友人でもあった。
尊敬するデザイナー マルタン マルジェラ(Martin Margiela)
ニコラ・ジェスキエール(NICOLAS GHESQUIERE)  
関連リンク Virginie Viard – Wikipedia
息子 Robinson Fyot
Robinson Fyot インスタグラム
Robinson Fyot – Medium
robinson fyot | Tumblr
Robinson Fyot | Free Listening on SoundCloud
Robinson Fyot – Facebook

ヴィルジニーヴィアール(Virginie Viard) 氏とは?

ヴィルジニー・ヴィアール(Virginie Viard)氏はあまり表に出ることを好まないチームワークを重要視することで知られる30年以上もカール・ラガーフェルド氏の下で彼のチームを取り仕切り、関係する業者や取引先との連絡や折衝も務め仕事の幅はデザインとクリエイティブはもちろんのこと、プライベートなものから秘書的な事務作業にまで至り。

ヴィルジニー氏のシャネルの仕事への取り組み方

彼女の仕事のやり方に関してリーダーとして仕事、チームに対して見たがりませんでした。役職や階層といった昔ながらの考え方ではなくいかにチームとして円滑にプロジェクトを成功させるための1つ1つのタスクをクリアしていくかに全身全霊を捧げていたかが見えます。そしてそれを実現できる彼女をカールラガーフェルド氏はかなり早い段階から後継者として見出していたのでしょう。

「何よりも私たちのスタジオはチームワークに関するものだから、すべてが順調に進んでいます」

via VIRGINIE VIARD ON CHANEL

「私は ‘監督’のようには考えていません。私たちにとって役職や階層はスタジオ全体では感じられません、それはシームレスです。最後に、ワークショップのリーダーと一緒に衣装を見るのはカールです。私もそこにいる必要はありません。最後の言葉を持っているのはいつも彼です。」

彼女はフランスの雑誌Crashに語りました

ヴィルジニーヴィアール(Virginie Viard) 氏の経歴は?

表に出たくない彼女の情報は非常に限られますが。出身は『世界遺産と美食の街』で知られるフランスのリヨン。そして母方の祖父母は絹製造業者であったことから幼いころからファッションやそれにまつわる情報、アイテムに触れ感性を磨かれたことでしょう。成長して、彼女はシャネルが「古かった」と思ったと話しています。

そして父親はスキーのチャンピオンで外科医で幼いころから裕福であたっただろうことが想像できます。また5人兄妹の長女であったことも現在のシャネルのクリエイティブチームのリーダーとしての素質と素養を持った一つの要因ともいえるかもしれません。

彼女のファッションスタイル

1960年代の前髪のソバージュヘアが特徴的な彼女はときどきカール・ラガーフェルド氏のようなロッカーシックな黒いジャケット、細く黒いタイトなジーンズ、そしてヴィンテージのTシャツを着ています。まるでココシャネル(Coco Chanel)とパティスミス(Patti Smith)をMIXさせたようなスタイルです。

彼女はステラマッカートニー(Stella McCartney)のジーンズ・デニムを好み、デニムを黒く染めるのにDylonホームキットを使い自ら染めます。そして彼女はヒールがあるサンダルやスニーカーを避けます。

「私は背が高いのでそれに気づかれるのが好きではありません。」

リヨンのファッションスクールLe Cours Georgesで学ぶ

ヴィルジニーヴィアール(Virginie Viard) 氏 は、映画と演劇の衣装を専門とするリヨンのファッション学校、Le Cours Georgesで学びました。彼女は世間がラフシモンズなどをはじめとするパンクファッションのピーク時にロンドンで1年間過ごしました。後に、リヨンのブティックで仕事をした後、彼女はパリのコスチュームデザイナーDominique Borgのアシスタントになりました。 

1987年:シャネル(CHANEL)でインターン開始

ヴィルジニー氏はシャネル(CHANEL)へインターンとして入社しますが。彼女の両親のネットワークから考えるに普通のインターンとは全く異なることが容易に想像できます。なぜならば両親の友人は当時のモナコ国王であるレーニエ3世です。そして彼女を推薦したのも当時すでにファッション界では名の知れた『モードの皇帝』カール・ラガーフェルド氏なわけです。特別扱いの特別待遇をするなという方が無理な話でしょうwww

両親の友人でもあるモナコ国王のレーニエ3世の紹介でカールラガーフェルド氏と出会う

via BAZAAR

カールラガーフェルド氏とヴィルジニー氏の出会いをつないだのは両親の友人であるレーニエ3世と言われています。勝手な推測になりますが。ファッションスクールである Le Cours Georgesで一生懸命に学び成功したいと願う我が子を見て子を持つ親としては自身のネットワークを最大限に活かして成功へのバックアップをしたいと思うのは当然のことでしょう。このとき友人であるモナコ国王のレーニエ3世という最強の切り札を使い、しかもシャネル(CHANEL)のキーマンであり皇帝であるカール・ラガーフェルド氏というBOSSにアプローチしたわけですから。もう当時のインターン、いや社内では誰も彼女を邪険に扱うことはできなかったでしょうwww

1992年: クロエChloe) にてカールラガーフェルド氏の下で働く

カール・ラガーフェルド氏の庇護のもとで5年間働いた後、彼女は1992年にクロエ(Chloé)に彼を追いかけ、、、というよりも引き連れられてスタジオディレクターとしてChanelに戻る前にさらに5年間そこで働きました。 このエピソードからも実際の仕事ぶりも恐らく非常に高いパフォーマンスを発揮しており『モードの皇帝』も目を見張るものがあったのでしょう。

1997年:シャネル(CHANEL)にて再びカールラガーフェルド氏と共に働くと同時にスタジオディレクターに任命

カール・ラガーフェルド氏がスケッチを完成するとすぐに、彼女の仕事は始まりました。彼女は年間6つのコレクションを監督し、カールのビジョンの翻訳者も務めました。彼女は供給業者や7人のアトリエ長と時間を過ごし、どのような新しい技術やアーカイブ技術がラガーフェルド氏のアイデアに最もよく対応しているかを評価しました。彼女は、モデルキャスティングの承認と各詳細舞台裏の検査にまで及びました。 

2000年:シャネルプレタポルテコレクション

2015年: 南フランス・イエール国際モードフェスティバル

元 VOGUE編集長で ファッションアイコンとして様々なアパレル企業とコラボする Carine Roitfeld (カリーヌロワトフェルド) 氏とフランス人のモデルで女優の アナムグラリス(Anna Mouglalis 氏。 アナムグラリスといえばカール・ラガーフェルド氏に選ばれ、シャネルの香水「アリュール」のキャンペーンモデルとなり。現在も、シャネルミューズとしてシャネルのバッグの広告に登場する 現役スーパーモデルです。

ヴィルジニー氏がフェスティバルのマネジメントを取り仕切る。

2015年、ラガーフェルド氏が 南フランス・イエール国際モードフェスティバル のクリエイティブディレクターの役割を引き受けたとき、 ヴィルジニー氏 は、親友の カロリーヌ・ド・メグレ(Caroline de Maigret) と他の友人、建築家、そしてデザイナーであるIndia Mahdaviを含むファッション審査員を統括・マネジメントしました。ファッションのオンデマンドサウンドディレクター、パリの有名DJであるミシェル・ゴベール(Michel Gaubert) も彼女の友人のひとりとして参加しました。 

この時の審査員の写真で左から Olivier Zahm、Joana Vasconcelos、 カロリーヌ・ド・メグレ(Caroline de Maigret、Virginie ViardそしてJulie Liger

このメンバーはすべてヴィルジニー氏のチョイスで個人的な友人やネットワークから選ばれ彼女がすべて取り仕切りマネジメントを行ったそうです。このフェスティバルで採用されたことにより大きなターニングポイントとなった方も多いのではないかと思います。皆さん現在も第一線で活躍されているあたりがシャネル(CHANEL)の後継者に選ばれる彼女の力なのでしょう。

2005年: ドキュメンタリー映画「サインシャネル(Signé Chanel)」制作

こちらのサインシャネルの撮影風景の動画を見るとカール・ラガーフェルド氏、ヴィルジニー氏 の仕事ぶりを見ることが出来ます。

“Karl is the locomotive, and Virginie is the rails of Chanel”


「カールは機関車、ヴィルジニーヴィアールはシャネルのレールです」

と2005年に舞台裏のドキュメンタリー「サインシャネル(Signé Chanel)」を制作した映画監督、ロイック・プリジェント(Loic Prigent)は言いました。

2014年:息子 Robinson Fyot がシャネル2014シンガポールコレクションにてモデルデビュー

母ちゃんの威光を使いやがってぐらいに斜めに見ておりましたが。。。プロのモデルさんです。甘いマスクに高身長でスタイルも抜群、お母さんはシャネルのチーフデザイナー。天は不平等なものですwww

2019年:シャネル(CHANEL)チーフクリエイティブデザイナー就任

カール・ラガーフェルド氏の庇護のもとなどという言葉はもう今の彼女にとっては不要なのでしょう。シャネル(CHANEL)のどのスタッフからも認められチームワークと和を尊ぶ彼女は恐らく誰からも慕われているようにも見えます。そしてカール・ラガーフェルド氏が亡きあとでもシャネル(CHANEL)のブランドを築いていけることは2019コレクションで証明したことでしょう。

カール・ラガーフェルド氏の彼女に対する評価

https://youtu.be/CTTJLdA_owk

「ヴィルジニーは私にとってだけでなくアトリエにとっても、最も重要な人物です。彼女は私の右腕です。彼女に会えないと、私たちはいつも電話をかけている。」

via whowhatwear.com

カール・ラガーフェルド氏に愛猫のシュペットちゃんと同じぐらい必要不可欠な存在だと言わしめ。右腕中の右腕で左手でもあるとジョークも交え2018年11月にELLE (エル)アメリカとのインタビュー談話でラガーフェルド氏は語っています。

「彼女はわたしの牧師さまヴィルジニー・ヴィアール(Virginie Viard)です。私の手、私の左手です。私たちの関係は不可欠であり本当の、本物の友情と愛情によって更に深いものになりました。

via harpersbazaar.com.au

ヴィルジニー は、私にとってだけでなく、アトリエにとっても、すべてにとって最も重要な人物です。」

via
7デイズアウト(7DAYS OUT)

シャネルの2018年のオートクチュールショーに至る7日間の舞台裏のドラマを捉えたラガーフェルド氏は、Netflixのドキュメンタリー『7デイズアウト(7DAYS OUT)』 で語った。

シャネルのスタッフの彼女に対する評価


「私はいつも彼女が集中して微笑んでいるのを見ています。」

「絶対にカールに忠実であるように見えた」

「私は彼女がシャネルのコレクションのクレイジーペースについて不平を言うのを聞いたことがありません」

ヴィルジニー氏から見たカールラガーフェルド氏とは?

「何年にもわたって、退屈な瞬間、暗黙のことではありませんが、全般的に、常に尊敬と優しさがありました」

viaGrazia

と彼女はかつてGrazia誌に語った。

「私の仕事は彼が幸せであることを確認することです。私は彼が好きなものを予想しようとします。私は彼を喜ばせようとしますが、彼を驚かせようともします」

via The Telegraph

と彼女はイギリスの新聞The Telegraphとの別のインタビューでこのようにもカール・ラガーフェルド氏についての友情・愛情を丁寧に説明してくれました。

彼女はただのイエスマンではなかった!

「 私が言いたいことがあるとき…私はそれを言う! 」

via マダムフィガロ(madameFIGARO)

2011年のマダムフィガロ(madameFIGARO)のインタビューの際に決してカール・ラガーフェルド氏の単なるイエスマンではなく意見や助言が必要な時には遠慮せずに言うと答えていることから彼女の芯の強さや仕事に対しての真摯な態度やカール・ラガーフェルド氏が信用・信頼を置く理由が見えてきたようにも思えます。

カール・ラガーフェルド氏とココ・シャネル氏の遺産を受け継ぐ

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It is with deep sadness that the House of CHANEL announces the passing of Karl Lagerfeld, the Creative Director for the CHANEL Fashion House since 1983. An extraordinary creative individual, Karl Lagerfeld reinvented the brand’s codes created by Gabrielle Chanel: the CHANEL jacket and suit, the little black dress, the precious tweeds, the two-tone shoes, the quilted handbags, the pearls and costume jewelry. Regarding Gabrielle Chanel, he said, “My job is not to do what she did, but what she would have done. The good thing about Chanel is it is an idea you can adapt to many things.” A prolific creative mind with endless imagination, Karl Lagerfeld explored many artistic horizons, including photography and short films. The House of CHANEL benefited from his talent for all the branding campaigns related to Fashion since 1987. Finally, one cannot refer to Karl Lagerfeld without mentioning his innate sense of repartee and self-mockery. Alain Wertheimer, CEO of CHANEL, said: “Thanks to his creative genius, generosity and exceptional intuition, Karl Lagerfeld was ahead of his time, which widely contributed to the House of CHANEL’s success throughout the world. Today, not only have I lost a friend, but we have all lost an extraordinary creative mind to whom I gave carte blanche in the early 1980s to reinvent the brand.” Bruno Pavlovsky, President of Fashion at CHANEL, said: “Fashion show after fashion show, collection after collection, Karl Lagerfeld left his mark on the legend of Gabrielle Chanel and the history of the House of CHANEL. He steadfastly promoted the talent and expertise of CHANEL’s ateliers and Métiers d’Art, allowing this exceptional know-how to shine throughout the world. The greatest tribute we can pay today is to continue to follow the path he traced by – to quote Karl – ‘continuing to embrace the present and invent the future’.” Virginie Viard, Director of CHANEL’s Fashion Creation Studio and Karl Lagerfeld’s closest collaborator for more than 30 years, has been entrusted by Alain Wertheimer with the creative work for the collections, so that the legacy of Gabrielle Chanel and Karl Lagerfeld can live on.

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Chanelはヴィルジニー氏をカール・ラガーフェルド氏の「30年以上に渡っての最も近い共同研究者」と説明しChanelの最高責任者である アラン・ヴェルテメール (Alain Wertheimer)は彼女に「コレクションの創造的な仕事」をガブリエルシャネルとカールラガーフェルドの遺産が生き続けることができるように任せました 。

シャネルのファッションプレジデント、ブルーノパブロフスキー (Bruno Pavlovsky) がヴィルジニー氏の任命を発表したInstagramの声明の中で、ヴィルジニー氏は「ラガーフェルドとシャネル(CHANEL)の創設者である ガブリエル・ボヌール・シャネル (ココ・シャネル)の両氏が残した遺産を継続する」と自信を持ってコメントし締めました。

ヴィルジニー氏のシャネル(CHANEL)への想いと情熱

”CHANEL was Born”

マガジンフィガロ(Le Figaro Magazine)から2017年のインタビューにて「シャネルの女の子」を作る理由を尋ねられたとき、彼女はこのように答えました。

「私はいつもシャネルの女の子でした​​、私は他に何かになる方法がわからない」


“I have always been a Chanel girl, I don’t know how to be anything else”

via マダムフィガロ(madameFIGARO)

いつもポニーテールと黒いスーツ、サングラスにレザーグローブを着ていたカール・ラガーフェルド氏のように、ヴィルジニー氏の個人的なスタイルはトレンドによって左右されないと言います。彼女は時代を超越した、個性的な作品・アイテムを好みます 。これこそが確かに、時代に左右されない王道を行く”シャネル(CHANEL)”なのかもしれません。