MONCLER (モンクレール)の歴史

”MONCLER(モンクレール)”

MONCLER (モンクレール)の歴史は今や半世紀を超えており。モンクレールといえばダウンジャケットのイメージが先行しがちですが。

モンクレールのはじまりは登山グッズからスタートしたことや、工場労働者向けのワークジャケットがモンクレールダウンジャケットのはじまりなど、、、歴史背景を少しだけ知っておくだけでもよりお買い物を楽しんで頂けると思います。

この記事を読んで頂くことでMONCLER (モンクレール)の歴史を創業から今現在までをザックリと知ってもらえるようにまとめました。少し長いですが。モンクレール好きな方ならば知って損はない情報が満載ですのでお付き合いください。

MONCLER(モンクレール)の誕生

1970年代のヴィンテージなモンクレール広告。
  • 創業:1952年
  • 創業の地:フランス
  • 創業者:レネ・ラミヨン(Rene Ramillon)、アンドレ・バンサン(Andre Vincent)
  • 会長兼CEO:Remo Ruffini (レモ・ルッフィーニ)
  • 本社:イタリア
  • 取得特許https://www.cbinsights.com/company/moncler-patents

モンクレールのはじまり

創業時のポスターも60年以上前のデザインとは思えないクオリティ

モンクレール(MONCLER)は創業者のレネ・ラミヨン(Rene Ramillon)とアンドレ・バンサン(Andre Vincent)がフランスの青少年を訓練・監督するJeunesse et Montagneで出会ったところから全ての物語がはじまります。

Jeunesse et Montagneとは

第二次世界大戦中の当時は戦争によってドイツ軍の占領下にありドイツ当局からフランス軍がほぼ解散させられ、若者(特に飛行士になりたい若者たち)に訓練を与える場として組織されたのがJeunesse et Montagneでした。

Jeunesse et Montagneではスキー、登山なども含め活動しておりモンクレールがダウンジャケットを作りはじめたキッカケもここにあります。

またJeunesse et Montagneで出会ったのが創業者のレネ・ラミヨン(Rene Ramillon)とアンドレ・バンサン(Andre Vincent)だけではありません。

モンクレールダウンジャケットが誕生するキッカケ、そして爆発的な人気ブランドになる種火を作ったともいえるフランス人初ヒマラヤ登頂に成功した登山家のリオネル・テレイ(Lionel Terray)もまたこのJeunesse et Montagneでこの創業者の二人とともに友情を深めたのでした。

この3人の運命的な出会いと友情こそが今日のMONCLER (モンクレール)とっての非常に大きな運命のターニングポイントとなったことは言うまでもありません。

1952年:創業の地

モンクレール(MONCLER)は、1952年に登山家でもあり起業家でもあるレネ・ラミヨン(Rene Ramillon)とアンドレ・バンサン(Andre Vincent)がフランス・グルノーブルから30Kmも離れた郊外にある小さなアルパインの山村モネステ・ド・クレァモン(Monestier de Clermont)にて登山家向けに防寒帽のカグール、テントやキルティングの寝袋などを作り提供することからスタートしました。

モンクレールの名前の由来と意味。

ブランド名のモンクレール(Moncler)という名前は
グルノーブルから30kmに位置する小さなアルパインの町「モネステ・ド・クレァモン(Monestier de Clermont)」を省略し命名されました。

モンクレールダウンジャケットのはじまり

リオネル・テレイ(Lionel Terray)が愛用したカメラ

最初のダウンジャケットは、山の上にある小さな工場で、労働者を寒さから守るために考案されました。フランスの登山家であり創業者の二人と親友でもある
リオネル・テレイ(Lionel Terray)は、彼らが作るダウンジャケットの素晴らしさに気づき、その可能性を予見しました。

これが「Moncler pour Lionel Terray」の高性能コレクションラインが生まれるキッカケとなりました。そしてこの同社初のジャケットラインは、その後、アンデスやヒマラヤ山脈の遠い遠征隊に着用されました 。

フランスそれともイタリア??

モンクレールは2018年現在ではイタリアのブランドです。フランスのファッションブランドだと認識されている方がかなり多いですが。創業の地はフランスですが。その後、現Moncler (モンクレール) の会長兼CEO Remo Ruffini (レモ・ルッフィーニ)により買収されイタリアブランドとなっております。

1954年:イタリアのK2探検隊に選ばれる

リオネル・テレイ(Lionel Terray)の推薦もありK2(8.611メートル)に挑むイタリアの探検隊の装備品としてモンクレールが選ばれました。アルジト・デシオArdito Desio)が率いたこの13人の探検隊は、見事に世界最高峰といわれるK2登頂でモンクレールの人気も頂点に達するほどの認知度となりました。

「13人の英雄」の1人であるUgo Angelinoによって、この遠征中にモンクレールのダウンジャケットが着用されのちに”Modelleréalisésous la direction de Lionel Terray”とUgo Angelinoの手書きのサインが入ったヴィンテージのモンクレールダウンジャケットはプレミアム価格で売買されることに。

1955年:世界で6番目に高いマカルー(Makalu)

Lionel TerrayとJean Couzy率いるフランス探検隊によるマカルー(Makalu)初登頂の装備品、ダウンジャケットなどもモンクレールにより提供された。
このマカルー(Makalu)は1955年5月15日にフランス人であるLionel TerrayとJean Couzyがはじめての登頂である。

1962年:モンクレールダウンジャケットを着たヒマラヤの冒険家

1964年:アラスカへの探検の公式サプライヤーに

テントを凝視すると”Mocler”のブランドが入っています。

リオネル・テレイ(Lionel Terray)が主催するアラスカ探検の公式サプライヤーとなり1964年、モンクレールダウンジャケットおよびその他のテントなどの装備品の機能性やデザインなどのプロモーションで重要な役割を果たした。

1966年:フランス国立スキーチームのウエア

1968年:グルノーブル冬季オリンピック

モンクレールが1968年のグルノーブル冬季オリンピックで
フランス代表チームの公式サプライヤーを務めた。

リオネル・テレイ(Lionel Terray)を筆頭に数々のメディアでの露出などブランディングに成功した結果、1968年のグルノーブル冬季オリンピックにおいてフランスのダウンヒルスキーチームの公式サプライヤーとなる。

モンクレールのロゴ・シンボルマーク

地元でもあるグルノーブル冬季オリンピックで、モンクレールはフランスのアルペンナショナルスキーチームの公式サプライヤーとしてダウンジャケットはもちろん装備品などを提供しました。

このグルノーブルオリンピック以降、フランスの国鳥である鶏のオス「雄鶏」がモンクレールのロゴ・シンボルマークとなりました。カラーはの縦三分割旗。「 自由・平等・博愛」を意味しているフランス国旗から作られています。

via monclergroup

1980年:Chantal Thomassとダウンジャケットの進化null

モンクレールにとって世に知らしめる仕事をしたのが、リオネル・テレイ(Lionel Terray)ならばモンクレールのダウンジャケットをモンクレールたるデザインに仕上げた名デザイナーがシャンタルトーマス(Chantal Thomass)だと言えます。

シャンタルトーマス(Chantal Thomass)は1980年から1989年までモンクレールでデザイナーとして活躍しましたが。この間にジッパーをボタンに変えたり、ファートリム、サテンやリバーシブル生地など今までのモンクレールにない異素材やデザインなどを次々と取り入れていきました。

80年代の広告:
Powder’s great on the moon this time of year.

オリジナルのステッチングと、魅力的な色彩に艶のあるまるで漆塗りかのような今現在のモンクレールの特徴的なカラーリングもまた彼女が考案したものです。

2003年:買収

via monclergroup

1990年代モンクレールにとっては非常に苦難の時代となりました。今までにないプラダスポーツやグッチなどのファッションアウトドアウェアや、ノースフェイスやパタゴニアなどのこれまでの主流のアウトドアブランドに圧倒されたモンクレールは、その隙間を見つけるのに苦労し、2003年にはいままでの勢いが嘘だったかのように6200万ドルの売上となり倒産寸前ともいえる状態までに悪化しました。

イタリアの起業家Remo Ruffini (レモ・ルッフィーニ)

Remo Ruffini (レモ・ルッフィーニ)は1999年にモンクレールのクリエイティブディレクターとしてスタートし、2003年モンクレールブランドを買収しました。現在、会長兼CEOは、彼は20%以上の株式を保有しているビリオネアです。

1961年イタリアのコモで生まれ。ボストン大学のファッションマーケティングを卒業しアメリカで父親の衣装会社、ジャンフランコ・ルフィニの仕事を手伝い。

1984年にイタリアに戻り、2000年に彼自身のブランド、New England Companyを設立し売却。その後、モンクレールを買収し2013年に上場させイタリア最大のIPOに。

2006年:最初のブティックをオープン

パリの5 rue du Faubourg Saint Honoreでモンクレール初のブティックをオープンさせ、その後イタリア、アメリカ、スイスに店舗が出来ました。

2008年:モダン・オートクチュール・コレクション「Moncler Gamme Rouge」

ファッション・ウィークの期間中、モダン・オートクチュール・コレクション「Moncler Gamme Rouge」が発売されました。デザイナーはバレンチノ、グッチ、トッズと数々のハイブランドでデザイナーつとめるAlessandra Facchinettiです。

2009年:Moncler Gamme Blue

トム・ブラウン(Thom Browne)の敏感な完成とモンクレールのDNAをMIXさせた素晴らしい男性コレクションとなりました。

2012年:60周年を迎える

創立60周年を記念して作られた漫画のアニメーション動画
Via moncler

2016年:売上高は10億ユーロを超える

Via moncler

モンクレールは、ルーマニアの生産拠点の設立を確定し、従業員約900人の従業員を募集し、後に以前買収した拠点に統合しました。
当グループの売上高は10億ユーロを超える。

『Moncler O』:Off White × Virgil ablohとのコラボ

via moncler 
マンハッタンのソーホーのモンクレール

モンクレールの革新的な成長の裏側では、有名ブランドやデザイナーとのコラボレーションが着々と進み形となっていました。なかでもVirgil abloh(ヴァージルアブロー)率いるOff white(オフホワイト)とのコラボコレクション”Moncler O”は大成功の裡に終わり2017年、2018年のコラボコレクションの火種となりました。

2018年:モンクレール ジーニアス(MONCLER GENIUS)

モンクレール ジーニアスは、時代を彩る8人のスーパーデザイナーがモンクレールの”アイコニックなダウン”をキーワードに手掛けたコレクションで日本からはフラグメント(fragment)の藤原ヒロシ、ノワール ケイ ニノミヤ(noir kei ninomiya)の二宮啓が参加。

ヴァレンティノ(VALENTINO)のピエールパオロ・ピッチョーリ、シモーネ ロシャ(SIMONE ROCHA)のシモーネ・ロシャ、パーム・エンジェルス(Palm Angels)のフランチェスコ・ラガッツィ。

クレイグ グリーン、サンドロ・マンドリーノ、キュレーターとしてカール・テンプラーが参加。非常に豪華なメンツとなっている。

まとめ

モンクレールの歴史は今年2018年で66年を迎えました。それでも尚、根強い人気とブランド価値を維持し向上させているのは時代に合わせて変化と進化が出来ているからとも言えます。

Drake – Hotline Bling
DrakeがこのPVでモンクレールのダウンジャケットを着ている。

そして売り上げが10億ドルを超えるような歴史ある巨大な企業でさえも現代のスピードとトレンドに合わせて変化し進化させるためにはコラボレーションという化学反応が必要なのでしょう。これからの展開が非常に楽しみです。

関連記事

Leave a reply:

Your email address will not be published.

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

Site Footer