”#ヒップホップとストリートファッションの歴史 Vol.1”
ストリートファッションは明確な定義はないが、一般的にいうスト系ファッションやストリートファッションと言ったらSupreme シュプリームやヴァージルアブローのOff white(オフホワイト)、バレンシアガのダッドスニーカー トリプルSあたりをイメージされると思う。
しかしそのルーツまで知っているという人はあまりいないと思う。いわばシュプリームやオフホワイトの祖先はどこなのか?そしてどういったところからトレンドが生まれているのか。ヒップホップ・ラップの歴史と合わせて紹介したいと思う。
世界最古のヒップホッパー 川上音二郎
全く関係ないがヒップホッパーつながりということで100年以上前の明治の日本にヒップホッパーが存在したわたしの地元福岡県出身の川上音二郎氏である。1864年生まれであるのに令和の今聞いてもすんなり、、、すんなりはいかなが耳に入る。ぜひ海外の名ヒップホッパーにカバーしてもらいたい。
オールドスクール時代 (1970年代初め)
明確なヒップホップの歴史はアメリカの1970年代初めレゲエやダズンズといった遊びなどが起源と言われているが明確にこれといったものはないが。初めておおやけにラップというものがリリースされたのがThe Fatback Band – King Tim IIIとRapper’s Delightの The Sugarhill Gang (1979)である。商業的にビジネスとしてのラップが世に出たのがこれらの楽曲からである。
まだ当時はプラダコーデは登場していない。1913年創業のプラダがアメリカで人気を博したのは1900年半ば以降なのですでに認知と人気はあった。
ミドル・スクール (1984 – 1987)
この頃にはオールドスクールは飽きられ次の世代へとヒップホップの歴史は進化していた。UTFO、LLクールJ、ランDMC、フーディニらの登場である。
LL Cool J(エルエルクールジェー)
PRADAのイベントでも度々登場するなどPRADA好きでも知られる。この写真ではPRADAプラダのサングラスを着用。
これは若かりしころのLL CooL Jですが。かなり時代を感じる。うえの写真と見比べるとビフォーアフター感がすごいが。この上のLL CooL Jのこのファッションは当時のストリートファッションの最先端であるトレンドを作った。カンゴールハットにゴールドのチェーンにリング。
RUN DMC ランディーエムシー
Run DMCといえば名前だけ聞いたことがあるって人もいるのではないだろうか。ヒップホップの代名詞とも言える彼らの音楽とファッションはプラダこそ着てはいないが。ヒップホッパーのファッションスタイルが時代のトレンドとスニーカー文化をアメリカ発で世界中に拡散させたムーブメントの発信源ではないだろうか。とくに彼らが愛用したアディダス。そしてスーパースターから影響を大きく受けたアーティストが今のアメリカのスターになっている。彼らこそスニーカーヘッズの元祖である。
ニュー・スクールとラップ黄金時代 (1988 – 1993)
Run DMC ランディーエムシー、ラップ黄金時代へと突入しニュースクールと呼ばれるヒップホップの新しい歴史に突入する。なかでもデ・ラ・ソウル(De La Soul) や ビッグ・ダディ・ケイン(Big Daddy Kane )、 スリック・リック(Slick Rick )、 NWA(エヌ・ダブリュー・エー) らの登場によりニュースクールが勢力を増す。
そして丁度この頃からラグジュアリーとヒップホップファッションが徐々に交わってくるようになる。ヒップホップ 金ネックレスが定着したのもこの頃からである。下の動画でも紹介しているが。 は21世紀のビルボードの常連のDrake(ドレイク)に自分の持っている金ネックレスを全部装着させているのだがめちゃ重そう。。
デフ・ジャム
Run DMC ft. Aerosmith – Walk This Way。この最高にCOOLな楽曲はヒップホップ・ラッパー最初のビルボードトップ5ランクインという歴史を作った。伝説の名曲である。もちろん誰もが知っている聞いたことがあるウォークディスウェイであるが。Run DMCフューチャーリングは意外と知らない人も多い。
デフ・ジャムレコーディングスは、ランD.M.C.のジョセフ・シモンズの兄弟、ラッセル・シモンズによって創設された世界初の独立系ヒップホップ・レーベルとして30代40代の方なら馴染みの深いBeastie Boys(ビースティーボーイズ)などもデビューさせ当時の音楽シーンを賑わせた。
1990年代
ドクター・ドレー(Dr. Dre)
1980年代にプロデューサーとしてワールド・クラス・レッキン・クルー (World Class Wreckin’ Cru)でデビューしたのが始まりのドクタードレー(Dr Dre)。1990年代に入るとN.W.Aの初期メンバーとしてギャングスタラップを確立し不動の地位を手に入れる。うえの写真は Snoop Dogg スヌープ・ドッグとの2ショットである。パット見でトラヴィス・スコットと見間違えるほど今の彼のスタイルと酷似している。それだけ Snoop Dogg スヌープ・ドッグ もまた大きな影響力を持っている。しかし当時の ドクタードレー(Dr Dre) は今のカニエウエストのように大きな影響力とネットワークをもっていた。
スヌープ・ドッグ(Snoop Dogg )
1990年にウォーレン・G、従兄弟のネイト・ドッグと共に213というグループを結成したのが音楽業界での正式なデビューと言われるスヌープ・ドッグだが。業界で人気を集めたきっかけはドクター・ドレーのプロデュースで1992年 「Deep Cover」 をリリースしたあたりから急激に注目を集める。その後もドクター・ドレーとのコラボやプロデュースで色んなトラブルや事件などで紆余曲折を経て
とても1990年代とは思えない今のストリートファッションと遜色変わらない。やはりファッションは一巡するというが。スヌープ・ドッグのスタイルはある意味で当時の1990年代のなかで先進的だったのかもしれない。
まとめ
ヒップホップの歴史の始まりから1990年代までの代表的なヒップホッパー、ラッパーとファッションをご紹介したことでわかったことが。音楽とファッションはいつの時代でも常にリンクしているということ。そしていつの時代でもトレンドを作るのは彼らアーティスト、ココで言えばヒップホッパーにラッパーたちや今で言えばヒカキン(HIKAKIN)さんのようなユーチューバーやインフルエンサーである。つまりファッションに必要なのはワクワク感なのだろう。